シャンプーの詰め替えに、また負けました

暮らしと学びの相談室

シャンプーの残りが少なくなってきたので、そろそろ新しいものを入れようと思いました。
そして、またやってしまいました。最後の少しが、入らないのです。

これ以上入れると、本体の中にある長細いノズルのようなものが、シャンプーを押し出してしまいます。

袋の中には、微妙に残ったシャンプー。この中途半端な残りを見ると、何とも言えない虚しさがあります。

「もう少し減ってから入れればよかった」毎回そう思います。でも、毎回ほぼ同じことをしています。
貧乏性なので、袋に残ったシャンプーも最後まで使いたいのです。

そこで、本体の残量がもう少し減ったら入れようと思い、詰め替え用の袋を浴室に置いておきました。
すると、今度はこぼれていました。浴室の床が、シャンプーでぬめっています。

家内と娘からは、「パパ、何やってんの」という、なかなか冷たい一言。

でも、言われても仕方ありません。
節約のために詰め替え用を買っているのに、それをこぼして無駄にしているのですから。

しかも、これが初めてではありません。だから余計にへこみます。

「今ならいけるかな」「もうそろそろかな」この判断が、どうにも下手なのです。

考えてみると、こういう判断を求められる場面は、日常の中にたくさんあります。

まだ大丈夫。そろそろ替えた方がいい。もう少し待ってもいい。今やるべきだった。

シャンプーの詰め替えくらいなら笑い話で済みます。
でも、タイミングを読むのは、意外と難しいものです。

幸い、仕事では今のところ大きく外していないと思っています。
そこだけは、少し安心しています。

それでも、浴室のぬめった床を見るたびに思います。
私は、シャンプーの詰め替えには向いていないのかもしれません。

同じような失敗をした方が、もし一人でもいたら少しうれしいです。
というより、安心します。

「ああ、自分だけではなかった」
そう思えるだけで、日常の小さな失敗も、少しだけ軽くなる気がします。

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